パリの地下鉄で演奏する音楽家たち(Musiciens du Métro)

パリの地下鉄(Métro:メトロ)では、毎日至る所から音楽が聞こえてきます。

「メトロ音楽家(Musiciens du Métro)」と呼ばれる、日本で言うストリートミュージシャン的な彼らは、日本よりもずっと多く、メトロに乗ると音楽が聞こえてこない日はないほどです。
演奏している人たちは、何が目的で、なぜ音楽を演奏し続けるのでしょうか。現地のジャーナルやローカルサイトを参考にしながら、彼らの日常に迫りました。

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メトロ音楽家になるためのRATP(パリ交通公団)オーディション

1日に500万人が利用すると言われているパリのメトロ内や駅の構内では、ミュージシャン(Musiciens)たちが毎日それぞれの楽器(ギター、トランペット、電子ピアノ、アカペラで歌を披露する方々も)を演奏して雰囲気を作り出します。

しかし、実はこのメトロ内の演奏は誰でも勝手に演奏できる訳ではなく、全員「地下鉄で演奏しても良い」というオーディション、フランスの首都パリとその周辺部の公共交通機関を運営する事業者であるRATP(パリ交通公団)の公式オーディション「Musiciens du Métro」に合格した人たちなのです。

応募は音楽が演奏できれば誰でもOKですが、合格できるのは意欲に加えてやはり音楽的能力が問われます。そして審査の基準となるのは、その都市や乗客に合っているのかどうか、雰囲気や背景を反映しているのかどうか。また、文化的多様性(移民が多い地区か、そうでないかなど)と言う点に特に注意が払われます。

そして実力はもちろんのこと、ある審査員いわく「芸術的素質や独創性も重視します。一種類の楽器や国籍だけでなく、さまざまな楽器や国籍を選ぶことで、スタイルの多様性を目指しています。ジャンルもクラシックやジャズなど、一種類だけでなく、ポップス、フォーク、ボサノバ、などさまざまなジャンルのものを織り交ぜるように」という点を検討した上で合格を出すようです。

この地下鉄演奏オーディションMusiciens du Métroが始まったのは1997年で、オーディションは年に2回、春と秋に1回ずつ行われます。毎年2000組以上が応募するものの、最終的に合格できるのは全体の1〜2割だと言われますので、実はかなりの難関なのです。

メトロ出身の有名アーティスト

一見、日本でいう« 出だしストリートミュージシャン »的な、あまり演奏の場が持てない「メトロでしか演奏できない人たち」のようにみなされがちですが、実際には前述のように狭き門のオーディションを突破した実力者たちですので、フランスの有名アーティストの中にもメトロ出身の人たちが大勢います。

フランスの有名歌手、トゥール出身の有名歌手ザズ(ZAZ)も、最初はパリのメトロで歌うことから始まったようです。

ZAZ – De couleurs vives (Clip officiel)

そして、自ら作詞作曲、アコースティック・ギター演奏を行い、フランスのフォーク・ロック界では知らない人はいないと言われるほど有名な、セネガル出身の有名歌手テテ(Tété)もまたメトロ出身の一人だそう。

Tété – À la faveur de l’automne (Clip officiel)

心地い良い歌声と耳に優しいメロディー。今となってはフランスでも大変有名なアーティストですが、彼らのような有名アーティストも最初はパリのメトロで演奏していたなんて驚きですね。

彼らがメトロで演奏する目的−音楽家たちが秘めた、それぞれの想い

彼らがメトロや街中で音楽を演奏する目的は人それぞれです。
家賃を支払うため、学校の学費を支払うためなどの金銭的な目的以外に、「自分たちの音楽をもっと多くの人に聞いてもらいたい、知ってもらいたいから」というアピールや宣伝も込められています。

オーディションに合格した、歌手のひとりはこのように言っています。
「私が演奏する理由の一つとして、地下鉄で歌うのは、良い練習になるからです。毎日何千人もが目の前を通る地下鉄では、それだけたくさんの人たちの耳に入り、出会いもあります。大勢の人前で演奏することで、演奏を聴いた人たちからの意見や時には批評をくれたり、そういったことも有益なことの一つです。そして反省したり、次はこうしよう、と次回に繋げる素材にもなります。」

またあるギタリストは「僕たちが演奏していると、目の前で踊り始める子供がいたり、一緒に歌を歌ってくれたり、曲をリクエストする人もいて、とても楽しいです」と笑顔。たくさんの人に聞いてもらうことで、今後コンサートを開いたり、CDを出したりと今後の活動への意欲にもなるようです。

もちろん中には、すでにプロとして演奏活動を行っている人も混じっていたりするので、かなりの実力者もちらほらいます。ですが、ほとんどはまだ名も知られていない無名のアーティストやミュージシャンです。しかし、ここから活躍して一躍スターになるミュージシャンもいると思うと感慨深いですね。
私たちがパリに行きメトロに乗るときに何気なく耳にする音楽演奏、その中の何人かが、将来何十億と自身の音楽を売り上げ、テレビや雑誌で取り上げられてもてはやされ、どこに行っても引っ張りだこの有名ミュージシャンになるなんて想像もつきません。

また彼らがオーディションに応募する理由として、とある歌手はかつてレストランやバーで演奏したこともあったが、最近では騒音に対する苦情によって演奏できる店がめっきり少なくなったため単純に「演奏する場がほしい」という理由から応募したとのこと。

学費を稼ぐため、プロを目指すため、演奏ができる場所を求めて…。パリのメトロで音楽を演奏したい、とオーディションに応募する目的は本当に人それぞれですね。

それでも、日常の何気ない風景の中で、時おり聞いたことのあるメロディーや懐かしい旋律が聞こえてくると、思わず急ぐ足を立ち止めて、目の前で繰り広げられるエンターテインメントを楽しむ人がたくさんいることは確かです。

メトロの音楽はパリ生活の中に根付いた「パリの音」

私の10年のパリ在住歴の中でも、演奏風景を撮影したり、財布を取り出してお金を入れる人などもたくさん見かけました。

同じ路線・同じ場所で演奏する人たちも多いため、お互いにすっかり顔馴染みになってしまい、思わず話がはずむことも。通勤・通学で顔を合わせるおなじみのミュージシャンの音楽はすっかり頭の中に入っていて、つい口ずさんでしまうこともしばしばあります。マルシェ(青空市場)で飛び交う店主たちの声、めちゃくちゃなマナーの道路で鳴り響くクラクションなど、毎日の生活の中で耳にする色々な「パリの音」の中に、このメトロの中で流れる音楽もその一つとして、すっかり根付いているのです。

メトロの駅構内で突然始まるこの音楽演奏。住んでいると日常的に当たり前の「パリの音」になってしまうのですが、日本ではめったに遭遇することのない「公共交通機関内での音楽」です。

日本だと、駅構内で突然楽器を演奏し始めようものなら騒音としてすぐに通報されて排除されてしまいますよね。しかしパリでは、駅構内での演奏はむしろ逆に、その場の「雰囲気を盛り上げる、活気づけるもの」として受け入れられ、パリ生活の中に定着しているのです。

今後パリへ訪れる予定のある方、ぜひパリの醍醐味でもあるメトロ音楽家(Musiciens du Métro)たちのそれぞれの思いを感じながら、ミュージシャンたちの「音」に耳を傾けてみてください。

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この記事を書いた人

フランスへピアノの音楽留学のために渡仏し、フランス人パートナーとパリに住んでいます。可愛い雑貨やアンティーク、手芸屋さんなど可愛い物が大好き。おしゃれなカフェやおすすめレストラン探し、フランスらしい風景を写真撮影するのが趣味です。
在仏歴10年、パリガイド歴7年以上。
住んでいる人しか知らない隠れ家的スポットやおすすめ情報などをぜひご紹介していきます。

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